シャンデリア
【作者】
川上未映子
【あらすじ・概要】
毎日のように開店からデパートに入り浸る「デパート依存症」とでも言うべき主人公の女性。わずかばかりのお金に苦労した母を亡くしたあと、忘れていた機器埋込効果音の著作権で高額の印税を手に入れたことから、デパート通いが始まる。
自分と同類の女性たちに冷たい軽蔑や敵意を示し、煌びやかなシャンデリアが落下して押しつぶされることを夢想する。
ブランド物に身を包む醜悪な老女に気に入られ、プレゼンをもらうが別れ際に罵詈雑言を投げかける。一人泣いていたタクシーで、地方都市から出てきた若い女性ドライバーから、涙を拭くためのハンカチをもらう。
【感想・考察】
ブランドに誘引される女性たちに腐臭を感じ、そこに逃げざるを得ない心の空隙を残酷に描く。「シャンデリアになって自分を押し潰したい、シャンデリアに押しつぶされたい」という自分と、純朴なタクシードライバーに暖められる自分が乖離している感覚がリアルだと思う。
ひとり飲み飯 肴かな
【作者】
久住昌之
【あらすじ・概要】
「孤独のグルメ」の原作者でもある久住氏が、お酒と食事について綴ったエッセイ。
第1部では、お酒と食事の組み合わせとして「チャーハンと焼酎ロック」、「カツオと日本酒」、「焼きそばとホッピー」など、王道から個性的なものまで紹介する。
第2部では、居酒屋とそこに集まる人々の小さなドラマを描く。「寝る間を惜しんで飲む」ような居酒屋ジャンキーの生態など、驚異的だが面白い。
第3部では飲みの「シメ」について熱く語る。ここでも「カレー」、「そば」や「お茶漬け」などの定番だけでなく、「水」や「コーヒー」など「シメ」と言えるのか、というものでも、勢いのある文章で納得させられる。
【感想・考察】
文章に勢いがあって楽しい。漫画が面白くなるのもわかる。
「出てきたものを、美味しくなるように考えたらいいじゃないか。どうしてこちらから美味しく食べようと歩み寄らないんだ。食べるっていうのは、君自身の問題だろう。どうして他人ごとのようにそうやすやすと評論できるんだ?」という一文を読み、「孤独のグルメ」をみて、快く感じる理由が分かった。
これは食べ物だけでなく、自分が幸せになるために、自分から働きかけることが大事なのだろうと思う。
HOLY ホーリー
【作者】
吉本ばなな
【あらすじ・概要】
クリスマスの日、準備を整え幸せな気分で恋人に会いにいく。
大きなプレゼントの箱を抱え、タクシーが拾えずにいる男性を車に乗せる。男性は赤ん坊が生まれたという連絡を受け、取るものもとりあえず、何故か大きなクマのぬいぐるみだけを買って、病院に向かうところだった。全身で幸せを表現する男性の赤ん坊との出会いに心が温かくなり、クリスマスを楽しみにしている恋人の元に向かう。
【感想・考察】
クリスマスを楽しみにする街の雰囲気や、赤ん坊の誕生を喜び、温かく迎えようと言う父親の様子が、美しい文章で描かれている。挿絵も可愛らしくて雰囲気がある。
どんでん返しを予想して読んでいたら、最後まで幸せな雰囲気のまま終わり、クリスマスらしい暖かい気持ちになれた。良いタイミングで読むことができた。
老人と海
【作者】
アーネスト・ヘミングウェイ
【あらすじ・概要】
老年の漁師サンチャゴは頼る人もいない境遇だったが、彼を慕う少年に助けられながら、慎ましい生活を送っていた。
84日の不漁の後、沖合まで一人船に乗り込み漁に出かける。ついに「信じられないほど巨大な魚」が針にかかるが、あまりに巨大で力強くロープを無理に引くと切れてしまう。サンチャゴは長期戦を決意し、数日に渡り巨大魚に船を牽かせ魚を疲れさせながら徐々にロープを引き船の近くに手繰り寄せる。数日間に渡る戦いの中で魚に敬意を抱き友情のようなものも感じながら、最後は銛で心臓を刺し殺す。
あまりにも巨大で船に載せることはできずロープに繋いで運ぼうとするが、血の匂いに鮫が引き寄せられる。サンチャゴは銛やナイフで鮫を何匹も撃退するが、最後には武器もなくなり、陸地に帰るまでに巨大魚の骨を残してほとんどが食べられてしまう。
【感想・考察】
誰も頼ることのできない沖合の船の上、素朴な装備で巨大魚と戦う老人。過酷な状況にも心折れることなく戦い続け勝利を収めるが、結局最後には何も残せない。
自分を信じ続けるサンチャゴの精神の強さと、その恵まれない境遇の対比に、美しさと虚しさを感じる。
生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント
【作者】
西原理恵子
【あらすじ・概要】
西原理恵子が、仕事・男女関係・家庭・性格・各種トラブルなどについての相談に答える形式の本。彼女らしく、全編を通して「図太くしぶとく生きる」ことを勧めている。「生きるって、みっともないことだし、みっともなくてもいい。あの手この手でどうにか生き残った者が勝ち。そのためには、ついていいウソがある。人のお金をくすねるとかいうのじゃなければ、ウソをうまく使えばいい。」と言う。生真面目に生きる人に、「真面目なだけでは生きていけないい」というメッセージを送る。
いくつか印象に残ったメッセージを挙げる。
・就職活動がうまく行かない人に「正面からは入れないなら、横入りすればよし」
・新しい仕事に慣れないという人に「仕事のインナーマッスルを鍛えろ」
・できない後輩に苛立つ人に「ネジだと思えば腹も立たない」
・空気を読めないことに悩む人に「空気を読めなくても許される人間になれ」
【感想・考察】
自分の性格などに悩んでいる人に対しては、「それを直せ」とか「変えろ」とは言わない。悪知恵を使っても問題を回避して自分が損しないように立ち回ることを勧めている。相手を無理に変えさせようともしない。あるがままを受け入れながら、より気楽に楽しく生きていく力強さがサイバラの魅力なのだと改めて感じた。
大どんでん返し創作法: 面白い物語を作るには ストーリーデザインの方法論
【作者】
今井昭彦
【あらすじ・概要】
物語を「面白く」するための具体的な手法を教える。まずは型を覚え、型を利用することで作品を作るトレーニングを重ねていくべきだとする。
主なポイントは以下の通り。
・ドラマには葛藤が必要
対立軸を明確にするために対立する「敵」を出す。内面の葛藤の克服も同じ構図。
・物語には「目的」が必要
・目的達成を妨げる「障害」が必要
★面白いストーリーの基本「目的を達成したい主人公が、それを邪魔する敵と戦う」
・「目的」の設定は、大事なものの「欠落」から見つける
・主人公の成長を示すために選択肢を使う。
最初は低レベルの選択、最後により良い選択を行うことで成長を表す。
・成長のポイントは「知恵」「勇気」「人間性」
・成長させるために奪う
・内面描写でなく行動で示す
・物語を動かす「悪」の動機を考える
マズローの欲求段階(生理的、安全、社会的、自我、自己実現)に加え自己超越。
・物語を面白くするには「どんでん返し」が効果的
・どんでん返しの10の類型
「敵」と「目的」に驚きを仕込む。1〜8の類型は敵に対する驚き。9と10は目的に対する驚き。敵のイメージとして3つのモンスターの組み合わせを使う。
ドラキュラ ー 外部の恐怖
狼男(ウルフ) ー 自分の中に救う制御できない恐怖
フランケンシュタイン ー 自分の過去の行為に対する恐怖
Type01ドラドラ 「敵はAではなく似たようなBだった」
Type02ウルドラ 「敵は自分の中にいると思ったら外部にあった」
Type03フラドラ 「敵は自分のせいで生まれたと思ったら別にいた」
Type04ドラウル 「敵を追い詰めたと思ったら自分の中にいた」
Type05フラウル 「敵は自分のせいで生まれたと思ったら自分自身だった」
Type06ドラフラ 「敵を追い詰めたと思ったら自分自身だった」
Type07ウルフラ 「敵は自分の中にいると思ったが自分が原因だった」
Type08どらどら 「敵は死んだと思ったら生きていた」
Type09ハナサカ 「死んだと思っていた目的が生きていた」
Type10アオトリ 「目的は意外と近くにあった」
伏線は偶然を偶然と感じさせないために事前に仕込む。忘れさせてその場で思い出すと快感がある。平行線で違う視点で語ることも必要だが、混ぜすぎない。徐々に本筋に近づけていく。
【感想・考察】
具体的な描写でわかりやすい。何か物語を書いて見たいと思わされた。類型を徹底的に利用し、その上でも自分の文章には自分の個性がでるものだということは理解できる。物語を書こうとし始める人には良い本だと思う。
ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity?
【作者】
森博嗣
【あらすじ・概要】
ハギリ博士が人工生命、人工知能と人間との境界を探り超えていく Wシリーズの第7弾。前作「青く輝く月を見たか?」の最後で それまでハギリのボディーガードを勤めたウグイが昇進により任を解かれたので、今作では後任のキガタと共に冒険する。
この時代の人間は、医療技術の進歩によりほぼ不老不死となった代わりに、生殖能力を失っていた。新しい人類が生まれなくなった分、人間とほぼ同等の肉体を持ち、電子的な頭脳回路を持つウォーカロンと共存をしていた。スーパコンピュータの演算による仮想的な人格や、ネットワーク上に分散して存在するトランスファと言われる人工知能も人間と共存していく。
今作の舞台はインド。資産家のケルネィの元に「子供を産める」ウォーカロンがかくまわれているのではないか、との情報を得た日本政府はハギリを調査に送る。
ハギリはスーパーコンピューターのペガサスから「子供が産める」ウォーカロンは、実は体内にクローン人間の種を仕込んだだけのマジックの可能性があると告げられていた。ハギリはケルネィにウォーカロンの間に生まれた子供がクローンだということもありうると伝える。
ケルネィが所用で屋敷を離れた時に、屋敷の地下に隠された部屋から出てきたウォーカロンが暴走し、ハギリとボディーガードのキガタを襲う。
一度は日本に戻ったハギリだが、今までのボディガードであったウグイと同行し改めて、インドを訪れ事件の真相を探る。
【感想・考察】
ミステリ要素は薄く、「誰がウォーカロンを暴走させた犯人なのか」の謎はあっさり解かれるが、SFとしては正解描写が精密さを極め、円熟したストーリーとなっている。
「子供は泣くけれど、悲しいわけじゃない。笑うけれど楽しいわけでもない。子供は、反応、興味、注目、興奮 そういうものに動かされる。それらに対して周囲が感情的に接するから、子供は感情というサインを覚える」という分析はまさにその通りだと思う。人間の感情的反応は後天的に獲得されたものなのだろう。ハギリ博士の開発した「人間とウォーカロンを識別する装置」は低年齢ほど判定精度が落ちる、という設定がシリーズ当初からあったが、「言葉で表現される感情的な反応」は成長に伴い後天的に獲得されるからだとすると、極めて綿密に張られた伏線であることに驚く。
未来をシミュレーションする物語として極めて興味深い。技術が臨界点を超える瞬間を見たいと思う。