名探偵に薔薇を
【作者】
城平京
【あらすじ・概要】
「小人地獄」の因果を巡る、前後編2部構成のストーリー。
第一部の「メルヘン小人地獄」は、警察やマスコミに送られた不気味なストーリーから幕を開ける。「小人を殺して毒薬を作る博士がいた。小人は復讐しようとしたが博士は先に死んでしまった。仕方がないので、ハンナ、ニコラス、フローラの3人に復讐しよう」という内容だが、その話に沿って1件目、2件目の殺人が起こる。最初の被害者である藤田恵子の娘、鈴花の家庭教師だった三橋が謎に踏み込み「名探偵」の瀬川に依頼する。誰にも検出できない完全な毒薬「小人地獄」が事件の背後に潜んでいた。
第二部の「毒杯パズル」
第一部の事件から数年後、藤田の家で完全な毒「小人地獄」を使った事件が起こった。致死量である0.1gの投与であれば死体から検出できないが、数十倍の濃度で投与すると苦みが強く飲むことができないという薬の特性。6人が集ったお茶の時間、全員のカップに致死量の数百倍の「小人地獄」が投入された。普通であれば飲んですぐに気づくはずだが、犠牲者は味覚障害で苦みを感じることができず嚥下して死に至った。適量を使えば痕跡を残さずに殺すことができたのに、犯人は何故数百倍もの濃度で投入したのか。
【感想・考察】
特に第二部で、動機と行動が何度もパズルのように組み合わされ入れ替わり、最後の数ページまで真相が見えなかった。数度にわたるどんでん返しがじっくり楽しめた。「名探偵」である瀬川が「真実」の重さと向き合うさまは見ていて息苦しくなる。「真実」をさらけ出すことで苦しむ人を考え続け、それでも真実を抱えながら自分自身として生きていかなければいけない、という強さを持っている瀬川は、中々独特で魅力的な「名探偵」だ。
座右のゲーテ~壁に突き当たったときに開く本~
【作者】
齋藤孝
【あらすじ・概要】
著者が影響を受けたゲーテの言葉を著者自身の解釈を含め解説する。特に印象に残ったな項目は以下の通り。
・小さな対象だけを扱う
取り組むべき対象が壮大過ぎると、スタートが切れない。対象を細かく区切り小さな達成を重ねていくことで、成果につながる。
・自分を限定する
「結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ」という言葉を紹介。
ゲーテ自身は外国語に堪能で音楽などにも造詣が深く多彩であったが、「ドイツ語でストーリーを書く」以外のことはすっぱりと切り捨てた。インプットは幅広く、アウトプットはこれと決めた分野に限定して全てをつぎ込むべきとしている。
・最高を知る
「趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみ作られる」という。入門編から入るにしても、質の劣るものからスタートしてはいけない。常に質の高いものに触れていくようにすべきとする。
・独学は非難すべきもの
「なにもかも独学で覚えたというのは、ほめるべきこととはいえず、むしろ非難すべきことなのだ」という。
実績のある人から学ぶことが必要。オリジナリティーといっても世界の影響を確実に受けている、独自性を偏重しすぎる傾向は文化を停滞,減速させるとする。
・愛する者から学ぶ
「人はただ自分の愛する人からだけ学ぶものだ」という。スタイルの合う人、惚れこむことのできる人からこそ、素直に深く学ぶことができる。
・読書は新しい知人を得るに等しい
直接教わるだけではなく、惚れこむことができる人であればその著作からも学ぶことができる。同時代以外の人からも学ぶことができる。時代を超えてきた本は品質が担保されている。新しい本を読むのも良いが、長い時間読み継がれた本には価値がある。
・癖を尊重せよ
「ある種の欠点は、その人間の存在にとって不可欠である」という。一言多いとか非難がましいとか卑屈であるとか、人には癖があり欠点となりうるが、それがなくなってしまえば社会は平坦でつまらない。長嶋茂雄の例で「夜中に思いつくと、他の寝ているメンバーを踏みつけて素振りに行っていた。ある時から寝ている人を気にして避けるようになったが、そこから間もなく引退となった」という話をあげている。極度の集中は周りを気にしないという「欠点」につながるが、そういう癖がなくなってしまうと平凡な人間になってしまうという。
・当たったら続ける
「客に受けた芝居は客を満足させられている限り繰り返せばいい」という。勝ちパターンを徹底するのは正着だが、これでいいのかと考えバリエーションを増やしてしまうが、潮目が変わるまでは確立した勝ちパターンを徹底すればいいとする。
・現在というものに一切をかける
ゲーテは「若きヴェルテルの悩み」を批判された時、すでにその作品は過去のものでその作品を書いた時の自分も過去の人なので、完全に受け流していた。その時に全力をかける。若いときには若いときの、成熟した時代にはその時の課題があり、若いときの課題をずっと持ち越してはいけないともいう。若さゆえの暴走は必要だが若いときに済ませるべきとする。
【感想・考察】
非常に示唆に富む本だった。「吸収するのは幅広く、アウトプットは決めた分野に限定し、その時その時に全力を尽くす」ということは腹に落ちる。「古く伝統のあるものから学ぼう」という部分はゲーテの話というより著者の斎藤氏自身の思いが強いのだろう。人の言葉を解釈するときに受け手のフィルターが掛かるのは不可避だし、それが独自性を生むのだろう。自分自身も間違いなくそうだ。
羅生門
【作者】
芥川龍之介
【あらすじ・概要】
平安時代の「今昔物語集」を原典に芥川龍之介が短編小説にした作品。
不況の煽りを受け解雇された下人が「生きるためには盗人となるか、そうすべきではないか」との葛藤を抱え、羅生門の下で雨をしのいでいた。
夜中に羅生門に遺棄された死体から毛を抜きかつらを作ろうとしていた老女に出会い、彼女の行為を嫌悪する。だが老女が「この女は生前蛇の肉を魚と称して売っていた。それは悪いことだが生きるために仕方なかったと思う。私が死体から髪を抜くのも悪いことかも知れないが、生きるために仕方のないことだ」と語るのを聞き、自分も同じ境遇にいることを強く感じる。
最後に下人は老女の着物を奪い取り去っていった。
【感想・考察】
どこまでが今昔物語の原典にあるのもので、どこからが芥川の脚色によるものなのか分からないが、「不善を為すべきか為さざるべきか」という葛藤と「善悪は移ろう」という見方が重なる部分は、いつでも不変のテーマなのだろう。
「善悪は立場による相対的なものだ」という見方ができず自分の正義を押し付ける人と、「全ては相対的なものだ」という諦観から「善を為し不善を為さず」という行動軸を持てない人であれば、どちらが「善」に近いのだろうか。
魚
【作者】
ヤマダマコト
【あらすじ・概要】
新潟を舞台とした2編の幻想的な短編集。
・魚(いよ)
母親の再婚を機に祖父母の住む新潟に引っ越した女子中学生の美咲。転校先の中学校で学校で浮いている少年純也と出会い惹かれていく。
ある日夢で「イヨの王、今のぼる」という不思議な声を聞く。
「イヨ」とは方言で魚を意味する。当地に伝わる「大助小助」の民話として、鮭の王のである夫婦の神、大助と小助が鮭の大群を引き連れ川を上り「鮭の大助今のぼる、鮭の小助今のぼる」という声が響き渡り、それを聞いたものは帰らぬものとなる、という話が伝わっている。
とある事件で純也を失った美咲は、イヨを呼ぶ声を聞き、川に導かれる。
・はるかぜ
子役として人気を博した風間遥は16歳の誕生日を迎えたが、人気の陰りから生きづらさを覚え、思いつきで川に身を投げ自殺を図る。
肉体を離れた遥の魂は、シェオルという少女から「一度だけ人間以外の生き物に生まれ変わるチャンスをあげる」と言われる。
遥はカラスとなり、人間社会を外から眺める。生まれ変わっているのは1日間だけと言われていたが、生まれ変わった魂自体はシェオルが迎えに来るまで、同じ日を何度も繰り返していた。小学生の時に死に数千回同じ日を生きているネズミのタクや、交通事故で死んだナナエと出会い、4月13日を何度も繰り返していく。
【感想・考察】
天下シリーズでこの作者を知ったが、本作は大分雰囲気が違う。
タクの両親の話などホラーのような怖さもあるが、一方で息子に寄り添うナナエと彼らに救われる遥の姿など、柔らかく暖かい部分もある。人が人ならざるものに姿を変えて、人の世を少し離れて俯瞰するのが、ものすごく寂しく感じさせられる。独特な雰囲気に満ちた作品。
福家警部補の報告
【作者】
大倉崇裕
【あらすじ・概要】
犯行現場の描写から始まり、福家警部補がどのように犯人に迫っていくかを主に犯人側の立場から描く倒叙型ミステリー3編の短編集。
「禁断の筋書き」
漫画家みどりの成功を妬んだ友人真理子が出版社に入りみどりを潰しにかかる。みどりは真理子の露骨な嫌がらせに怒り、殺してしまう。現場は真理子が酔って帰宅し風呂場て転倒したように偽装されたが、福家は些細な糸口から真実を探り出す。
「少女の沈黙」
解散した暴力団の元幹部だった菅原は、カタギに戻ろうと努力するかつての構成員たちを支援している。組の解散に納得していなかった2人が元組長の娘である比奈を誘拐し、抗争対立していた組への攻撃をけしかける。
菅原は、仲間割れによる同士討ちに見せかけ誘拐を企てた2人を殺し、比奈を救出する。目隠しされた比奈は誰が助けに来たのか見ていないと思われた。
福家は現場で感じた違和感から、同士討ち以外の可能性を見出し探っていく。
「女神の微笑」
銀行強盗を企てていた3人組が自動車内の爆弾の爆発で死亡した。この強盗団は以前手製の爆弾を使ったこともあり、強盗に用いようとした爆弾の暴発による事故と見なされていたが、車椅子の女性喜子の計画に従い実行犯後藤が爆弾を持たせて殺害したものだった。喜子は司法が裁けない犯罪者を幾人も裁いてきた「仕置人」だったが、福家の洞察力・行動力に感嘆し「知恵比べ」を楽しみはじめる。
【感想・考察】
この作品では福家警部補のキャラクタが確立してきた。刑事には見えない幼い外見でモノを無くしがちなドジ、かつ結構なオタクだが、超人的なタフさや洞察力の鋭さを持つ。彼女の行動のどこまでが素で、どこまでが計算された演出なのか分からない。
倒叙型の形式をとっているため犯人側の視点から語られ、読者も犯人の立場に立つので、福家の捉えどころのなさが、追い詰められていく怖さにつながる。
以前読んだ「福家警部補の挨拶」では犯人側の落ち度が分かり易すぎたりもしたが、今作では偽装を読み解く鍵が上手く隠されていて、ミステリとして楽しめた。また福家は捉えどころがなく感情移入しにくいが、かつての組員を守ろうとする男など犯人側の描写が魅力的で、犯人の立場としてストーリーに入り込むことができた。
捨てる快楽 脳内麻薬ダダ漏れで、捨てまくっちゃった私の生活
【作者】
須藤林太郎
【あらすじ・概要】
片付けることができず「汚部屋」で暮らしていた著者。「ぐうたらでいいじゃない」という本に出会い、片づけない自分を肯定し更に片付けから遠ざかっていた。
会社の自席など他人の目に触れる部分はきれいに片付けるが、自分の家は散らかり放題というアンバランスさで、うつ状態になってしまう。
「もうどうでもいい」と諦めたときから、何故か「片付けてみよう」という思いが生まれ、今度は不要なものを捨て徐々に部屋が片付いていくことに快感を覚え始める。「程よいバランス」を取ることができず、徹底して捨て、物欲も減退していった。
部屋を訪れた友人に「いくらなんでもものが無さすぎる、味気ない」と指摘され「捨てること」に捕われすぎた自分に気づく。
最後は「必要なのはバランス感覚」という結論に落ち着く。
【感想・考察】
断捨離のやり方やミニマリストの生活を説明するのではなく、モノを捨てることに取り憑かれた著者の心情の変化を物語る本。
私も、上手くいっていたものが少し停滞し始めると「問題を直視したくない」気持ちから放置して、結果としてガタガタになるという経験は多々ある。この著者には潔癖症の傾向がある分、少し散らかると「もう触りたくない」という気分になることは十分理解できる。
「人は完璧にはなれない」ことを受け入れ、「周囲は大して自分を見ていない」ことに気づき、適当さの許容範囲を広げていくことも「成熟」の一要素なのだろう。
年収が10倍になる速読トレーニング
【作者】
苫米地英人
【あらすじ・概要】
通常の読書と同じ程度の理解度で従来の6倍の速度で読むことを目的とする速読術を紹介。フォトリーディングやキーワードリーディングなどでは数十倍の速さで読むこともあるが理解度が深まりにくいので、通常の理解度を条件としている。
・速読ができる理由
「350ページある本を5分で読んだ」という著者だが、それはその本に書かれている内容を知識としてほぼ全て知っていたから。知識量がなければ速読はできない。知識量を増やし、個々の情報の断片から意味のある全体像を紡ぎ出し、「ゲシュタルトを構築」することで内容を理解できる。
・ハイサイクル リーディング
内容を素早く理解するための速読方。本を一字一句落とさずに速く読む。
①速読意識の醸成
最近の日本では月に数冊の本も読まない人が多い。普通に読んでも相対的に読書量が多いということになる。また読書量と年収には正比例の関係がある。
②先読みのテクニック
「速く読もう」という意識だけで2倍速くらいにはなる。本の中身を先読みすることで情報処理が速くなる。実際には読んでいる行の次の行も視野に入っているが、意識から外れている。これを意識に上げ事前処理をすることでスピードが上がる。
③ハイサイクルのトレーニング
全ての行動を加速する。できる限り早口で本を音読する。テレビでニュースへの反論をリアルタイムに感がるなどで、「クロック」を上げる。
並列処理のスピードを上げる。レストランでメニューを1秒以内に決めることで、複数のメニューを同時に捉え、並列したイメージで判断をしたり、写真集と絵本を2冊同時に読んだりすることで鍛える。
抽象度を上げる。抽象度を上げると並列処理ができなくなるが、より広くより高い視点に立つことで見えなかったものが見えてくる。
・読まなくて良い本を判断するための速読法
フォトリーディングやキーワードリーディングは、前提となる知識がないと何に着目すべきかが定まらず、また自分が意識している部分以外に視野が広がらない弊害がある。ただ「自分にとって読む価値がある本か」を判断するために「知らないこと」を鍵に読む読み方としては有益。
・速読法による脳機能の活性化
ハイサイクル リーディングは脳を活性化する。イメージ力を強化して夢を叶えよう。
【感想・考察】
Prime Reading のサービスには 苫米地氏や堀江氏の著作が多数あり、読む機会が増えてくる。本書の著者である苫米地氏はちょっと自分語りが多く、胡散臭さを感じるところもあるが、分かりやすく説明することに長けている。
本書で紹介された「一行先読み」には効果を感じた。読書量が増え知識量が増えれば読む速度はさらに速くなるという相乗効果も実感している。読書スピードを上げていこう。