四季 冬 Black Winter

【作者】

 森 博嗣

 

【あらすじ・概要】

 四季シリーズの最終章となる第4作。前作の「夏」は犀川や萌絵の目線から見た四季の話だったが、今作では四季自身が主な語り部となる。その分高度に抽象的な話が多く、四季の内面を現すように時間も空間もランダムに並んでいるので、ストーリーとして理解するのは難しい。

 前作までにAIの進歩やバイオテクノロジーの取り込みを進めていたが、人造人間である「ウォーカロン」の登場まで進み、話は近未来にまで至っている。

 

【感想・考察】

 人の存在が矛盾をはらみ、”分からない”からこそ美しいということを四季が理解し、尖った天才から、人類の歴史を寛容し俯瞰する神の様な存在にまで持ち上げている。

 四季がアシスタントであるウォーカロンのパティに”孤独”を理解できるか尋ねるシーンは印象に残った。一人であること他の人との接点がないことではなく、誰にも伝わらないことの辛さが孤独なのだという感覚は理解ができる。

 美しくまとまった作品だと感じた。

 

 

四季 秋 White Autumn

【作者】

 森 博嗣

 

【あらすじ・概要】

 四季シリーズの3作目。今作では四季自身はほとんど登場せず、S&Mシリーズの犀川と萌絵、Vシリーズの紅子と保呂草など、四季を中心につながっている作品群の関係性を描いている。「すべてがFになる」の妃真加島の事件から7年後、犀川たちは隠されたメッセージに導かれイタリアの田舎町で”四季”の幻影に出会い、許し許される。

 

【感想・考察】

 S&Mシリーズの続編として楽しめる。犀川と萌絵の関係が緩々と進展したり、過去の作品での四季の考えを垣間見ることができ、シリーズの作品世界が好きな人には楽しい。特に萌絵が自己撞着から許すことを理解し、大きく成長したように思え嬉しく思う。作者は1994年の段階でコンピュータのハード・ソフトの発展が人間の思考能力を拡張し凌駕していくことを予見していた。この作品の描かれた2001年の段階ではバイオテクノロジーがキーになると見ているのが興味深い。

 四季シリーズは単体で読んでもさっぱりわからないので、少なくとも「すべてがFになる」と「有限と微小のパン」は先に読むことをお勧めする。

 

 

詳説 日本史 B 

【作者】

 山川出版社

 笹山 晴生、佐藤 信、五味 文彦 他

 

【あらすじ・概要】

 2012年の文科省検定版。縄文時代から冷戦終結くらいまでが範囲で、東日本大震災にもわずかに言及されている。

 

【感想・考察】 

 びっしりと情報が詰まっている。近代史に興味が出てきたが一般的な知識が抜けていることもあるので、網羅性の高い歴史書が読みたいと思い教科書に手を出した。

 限られたボリュームで膨大な情報を扱うので名前や用語の羅列に近く、これだけを読むと無味乾燥に感じられるが、周辺の歴史の物語を感じながら読むと面白みがある。政治的配慮からだとは思うが、事実に対しての判断は極力省かれているので、なおさら感情移入がしにくい。ただ、どのような事実を取り上げているか、どのような参考資料を挙げているかで、著者の主張を理解することはできる。

詰め込みで勉強した学生時代よりは余裕を持って楽しめた。

 

ナベちゃんのヨメ

【作者】

 辻村 深月

 

【あらすじ・概要】

 大学時代にコーラス部で一緒だった男友達、ナベちゃんが結婚するという知らせを受けた。コーラス部の女性陣にとってナベちゃんは親切で良い友達だったが、男性として意識されることはなかった。ナベちゃんの婚約者は、束縛が強く大学教授にストーカー行為を働き退学となった女性でメンヘラの気があり、結婚式での要求も非常識で非礼だった。結局結婚式へは呼ばれず、ナベちゃんとの関係も切れてしまう。ナベちゃんのヨメの非礼さや異常さを肴に女子会は盛り上がるが、結局ナベちゃんが求めていたもの、自分を一番に必要としてくれる相手が見つかったということで、彼にしてみれば幸せなのだろう、と考える。

 

【感想・考察】

 生々しいリアルさがあり、男性側・女性側双方のエゴが醜く感じられるが、なぜか読後に優しさが残る。幸せの形は人それぞれで、自分が与えてあげるのでなければ無責任に評論をすべきではないというのは納得できる。

 ちょっとミステリ的な見方をすると、ナベちゃんとヨメの関係に異常さも感じる。招待メールは昔のアドレスだが、その後の連絡はフリーメールだったり、電話で直接の連絡が取れなくなったり、単なる嫉妬深い妻と夫の関係以上の不自然さもある。

 短い作品だが、読後に独特の印象が残った。

 

 

四季 夏 Red Summer

【作者】

 森 博嗣

 

【あらすじ・概要】

 前作「四季 春」が幼少期の四季の話だったが、今作は13歳で思春期を迎えた四季の話。今作でも天才の内面の描写が鋭く、思考に追いつかない鈍重な現実に苛立ちつつも、現実世界の中で人との関わりに興味を持ち始めている。叔父への興味、自分を支えてくれる人たちへ向ける感情、両親への思いなど。

 100年先を見通すような鋭さで計画を進めている。「すべてがFになる」の舞台となる孤島の研究所が建設され、その事件の起点となった殺人事件が詳細に語れれる。

 

【感想・考察】

 四季は人間を超越した天才として描かれているが、今作では人間が不合理であることに理解を示しつつある。超越的な内面描写がなされているが、外部から起こったことだけを見ると、思春期の少女が恋に落ちた相手に思い焦がれ、関係を拗らせつつあった両親にヒステリックな怒りをぶつけただけにも見える。ある意味極めて人間的な面が見え、四季の魅力がさらに膨らんできた。

 「すべてがFになる」を再読したくなってきた。

 

 

 

四季 春 Green Spring

【作者】

 森 博嗣

 

【あらすじ・概要】

 「すべてがFになる」、「有限と微小のパン」などのS&Mシリーズ作品で強烈な印象を残した、真賀田四季博士の幼少期の話。幼少期といっても「幼少」の要素は全くなく、天才の感性が垣間見えるストーリー。”僕”の一人称視点で進むが、複数の人格に別れているので途中までは理解しにくい部分もあるが、後半に至り綺麗に収束して行く。

 

 

【感想・考察】

 常人をはるかに超える感性で世界を見ている”四季”を描写するのに、”四季”本人の語りでは読者の理解が追いつかないだろうし、完全な第三者の視点では断片的に過ぎる。この作品で半ば四季自身、半ば他人である視点を用意したのは面白い。S&Mシリーズで犀川先生や西之園萌絵など、別種の天才に対話させ ”四季”の卓越性を描いていたのも面白かったが、”四季”自身について真っ直ぐ描こうとしたのはすごいと思う。

 この作者自身が大学教授で、自分も含め周囲に天才肌の人物が多かったのだと思うが、天才を描くことが非常に上手だと思う。「肉体や生きていることそのものが、自由を制限している」などという考え方は、普通には出てこないだろう。善悪の基準を大きなスケールで捉え超越しているというのが本当で、一見悪に見えることでも、”四季”自身は極めて純粋で真っ直ぐな生き方をしているのだということが分かった。

 森博嗣氏の作品世界を深く味わうためには、ぜひ読むべき本。

 

 

檸檬

【作者】

 梶井 基次郎

 

【あらすじ・概要】

 「得体の知れない不吉な塊が心を圧さえつける」という導入。八百屋で見つけた檸檬の美しさ爽やかな匂いに救われる。丸善の画集売り場で画集を見ても鬱々とした気分が晴れなかったが、檸檬を画集の上に置くと色彩が澄み渡った。檸檬を画集の上に置いたまま本屋を出て、檸檬爆弾が爆発することを愉快に想像して立ち去った。

 

【感想・考察】

 散文的な詩なのだろうか。色彩の描写が瑞々しい。「檸檬爆弾」を画集の上に置き去りにして楽しいと感じる感性は、知性や理性で日々戦うなかで「不吉な塊」が心から離れないような状況で、理性的な意味を超えた行為に救いを感じるということなのだろうか。ごく短い話だが、印象深い作品。