『黒の貴婦人』 西澤保彦
「タック&タカチ」シリーズの短編集。
大学在学時から卒業後数年まで、長編の間を埋めるような6つのお話です。
このシリーズでは「安楽椅子探偵」的なミステリがメインです。
現場の捜査も、関係者からの聞き取りもなくて、誰かの報告をもとに「純粋に論理的に」時に妄想レベルまで飛躍しながら推理していきます。現場検証もないので正否が分かるもの後日。
こういうスタイルだと、やっぱり短編の方がキレがいいですね。
長編の『麦酒の家の冒険』では、「ビールが詰まった冷蔵庫」という謎だけで、長い話を引っ張るのにグダッた感がありましたが、本書の短編『ジャケットの地図』は、短い分かえって深く刺さりました。
順番バラバラですが、シリーズ作品を続けて読んでると、登場人物たちの成長が見えるのも面白いですね。
『スコッチ・ゲーム』とか『仔羊たちの聖夜』では「善意でコントロールしようとする大人たち」への嫌悪感が前面に出てくる作品で、強烈な反抗心が見えました。
一転、本作では「コントロールしたくなる大人側の視点」も語られ、その上で「やっぱり相手の自主性を尊重する」決断をみせたりと、成熟してきた感じです。
酔っ払って馬鹿騒ぎしていた大学生が、成熟した大人になって行く様子は、みていて嬉しいのだけれど、一方で「青春の終わり」的な寂しさもありますね。
とくに本書最終話の『夜空の向こう側』は感慨深い。
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『あなたの人生の物語』 テッド・チャン
8編の短編集。知的好奇心を刺激しまくるSF!
1話目の『バビロンの塔』が少々とっつきにくいけれど、そこで挫折するともったいない。2話目以降が怒涛の傑作ラッシュです。
中でも表題作の『あなたの人生の物語』は圧巻。
人類とは異なる思考体系を持つエイリアンの言語を学ぶ中で、人間が捉えている「時間の流れや因果関係」が、一つの主観的なフィクションに過ぎないことが語られる。
人間の観念を超えることを、人間の言語で書くのは難しいのだけれど「エイリアンとの交流パート」に「主人公から娘への語りかけパート」を挟み込み、その時系列・因果関係を飛ばしまくった構成自体が、作者のアイデアを表現するものになっています。
本当に面白い。
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Booklet
『本の読み方 スロー・リーディングの実践』 平野啓一郎
やみくもに量を求める速読ではなく、質を追求する「スロー・リーディング」を提唱する本です。
まずは「作者の意図を正確に把握すること」につとめ、
その上で「自分なりの考えを広げていく」という
創造的で個性的な読書をしよう、という内容でした。
作者自身も遅読家で遅筆家であるといい「ゆっくり読みゆっくり書く」ことを大切にしているようです。
モンテスキューが『法の精神』を書き上げるのに20年かけた例を挙げ、知性的な人間が長期間考え続けた内容を、速読で取り入れようとするのは「フルボディーのボルドーワインを一気飲みするくらい下品」だと断じています。
そうですね。
「暗黒大陸編」期待して待ちましょう。
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『麦酒の家の冒険』 西澤保彦
「ビールが詰まった冷蔵庫と、ベッドひとつしかない家」
その奇妙な状況を「純粋に理論だけ」で解き明かしてく、安楽椅子探偵的なミステリです。
といっても「こういう状況だったら、こういう判断をするのは不自然だよね」みたいな、蓋然性を積み上げていく論理なので「これしかない!」というスッキリ感はありません。
むしろ、ビールに溺れた頭で、気心の知れた仲間とダラダラとダベってる雰囲気がいい。
「安楽椅子探偵」というより「酔っ払い探偵」ですね。
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『玩具修理者』 小林泰三
めちゃくちゃ面白い!
「人間と精密な機械と何が違うの?」と問う『玩具修理者』と、
「時間の流れや因果律って人間の主観だよね」という『酔歩する男』
の2編が収められた短編集です。
小林泰三さんは、思考実験を突き詰めた「哲学よりのSF」の作品に凄みがありますね。
「自我の本質は記憶にあるの?」という問いから思考実験を重ねた『失われた過去と未来の犯罪』も印象的だったけれど、本作は「常識的な感覚」と「思考実験の帰結」のギャップから生まれる恐ろしさが「ホラー」に仕立て上げられて、さらに迫力がありました。
すごい作品です。
『夢をかなえるゾウ』 水野敬也
数年ぶりの再読。読むたびに新しい発見がありますね。
胡散臭い大阪弁を喋るゾウの神様「ガネーシャ」が、「変わりたい」と願う「僕」を導いていく話です。
構成は本当に巧みで
・胡散臭くなりがちな「自己啓発」を、より一層の胡散臭さで上書きする。
・靴磨きなど「具体的で簡単」なことから入り、実際に手を動かさせる。
・中盤のエピソードの積み重ねで、感情移入を深める。
・終盤「ガネーシャがいなくなる」予告で、言葉の重みを増す。
などなど、読者をコミットさせる仕掛けが満載です。
うまいなあ。
内容的には「どこかで見たことのある」話だし、よく見ると前後の整合性が取れてなかったりするんだけど、「その時の読み手に役立つ言葉」があれば、十分有益なのだと思う。
今回の自分には「ただでもらう」がハマった。
難しけどもらいに行こう。
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『太陽の坐る場所』 辻村深月
有名女優になったキョウコをクラス会に誘う様を、洞窟に閉じこもったアマテラスを引っ張り出す神話に擬える。
28歳の男女の「マウント取り合い」に、キョウコの投げかける太陽の光がもたらす化学変化が面白い作品です。
正直「ここまで繊細だと生きにくいよなぁ」という展開です。
それでも「あなたより私が幸せ」から「自分の大切なもの」へと価値観が切り替わっていく様が、なかなかダイナミックでいい感じでした。
辻村深月さん、流石の描写力です。
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