『Iの悲劇』 米澤穂信
「ひとが経済的合理性に奉仕するべきなんじゃない。
経済的合理性が人に奉仕すべきだ」
日常系ミステリの裏に潜む地方自治の重たい物語。
タイトル : Iの悲劇
作者 : 米澤穂信
オススメ度
日常系ミステリ ★★★★☆
地方での暮らし ★★★★☆
ラストの衝撃 ★★★★☆
総合オススメ度 ★★★★☆
あらすじ
南はかま市の「甦り課」は、住人のいなくなった集落 蓑石に移住者を呼び込み再活性化させる命を負っていた。
主人公の万願寺邦和が、ポジティブな新人 観山遊香、定時に退社に情熱を燃やす課長の西山秀嗣課長 とともに「甦り課」で悪戦苦闘する。
「Iターン」をテーマにした物語。
- 軽い雨
蓑石への移住第一陣として2世帯が引っ越してきた。
大型のリモコンヘリコプターを愛好する久野氏とその妻、アウトドアを愛好する安久津家の夫妻と娘だが、両家は30mほどを隔てただけの近所に住むことになった。
程なく万願寺は久野氏から「安久津家が深夜まで大音量で音楽をかけたまま外出してしまう」との苦情を受ける。万願寺は上司の西野と共に安久津家を訪れるが強く抗議することはできず、騒音は続いていた。
それからしばらくたって、万願寺と観山は、久野家での食事に誘われた。食後、夫人の引くバイオリンの録音を聴いている最中、隣の安久津家で火事が発生しているのが見つかった。
家屋を焼いてしまった安久津家も、久野家も蓑石から退去してしまった。
- 浅い池
移住者の一人である牧野から「鯉が盗まれている」という連絡が入る。牧野は鯉の養殖で蓑石を盛り上げようとしていた。
連絡があったのは夜遅い時間で残業中の観山は対応できず、万願寺も出張中で翌日まで現場に赴くことができなかった。
牧野は養殖池の周りを目の細かい網で囲い、出入り口には鍵もかけ盗難を防止していたが、気が付いたら数が明らかに減っていたという。
翌日の朝「鯉が一匹もいなくなってしまった」との連絡を受ける。出張から戻った万願寺は観山と共に牧野宅に向かい、「鯉の消失」の原因を理解した。
鯉養殖に賭けていた牧野氏は失意のうちに蓑石を去る。
- 重い本
移住者の一人で歴史研究家の久保寺はたくさんの本を持っており、隣に住む立石家の速人くんが、ときどき本を読みに来ていた。
5歳になる速人くんは都会で体調を崩していたが、蓑石に移住し改善していた。万願寺は住民同士の交流が深まることを好ましく思っていた。
ある日、立石の母から「久保寺家に行くと言って出掛けた速人君が戻ってこない」という連絡が入る。
久保寺に連絡すると彼はずっと外出中だったという。万願寺と観山で速人君を探したが、久保寺家はきちんと戸締りされ入ることができず、周囲に伸びる一本道を通り抜けた気配もない。
万願寺は以前の住人が「戦争時に村八分にあっていた」という話を思い出し、速人君が潜んでいる場所を推理する。
事件に責任を感じた久保寺は蓑石を去り、救急車両の手配に一時間近くかかることに不安を感じた立石家も退去してしまった。
- 黒い網
万願寺と観山は移住者へのフォローとして定期訪問していた。
河崎家の夫人は健康被害に対して過敏だった。車で近づくだけで血相を変えて怒鳴り、近所に設置されたアマチュア無線のアンテナにも目くじらを立てる。隣家の上谷はアンテナに文句を付けられ困惑し、同じく近所の滝山は河崎夫人に色目を使われ戸惑っていた。
そんな中、移住民の一人長塚の主催で親睦のための秋祭りが開催された。万願寺と観山は、河崎夫妻、上谷、滝山と同じテーブルで食事をしていたが、急に河崎夫人が倒れ救急車で搬送された。
上谷が採ってきたキノコに毒が含まれていたため起きた事故だとされたが、万願寺と観山は誰かの意図による事件なのではないかと疑う。
上谷は蓑石から逃げ、河崎夫妻も去っていった。
- 深い沼
「甦り課」の西野課長と万願寺は、市長たちにプロジェクトの状況を報告する。移住者の多くが去ってしまった状況を副市長は失跡したが、プロジェクトの提案者である飯子市長は「頑張ってくれている」と言葉少なに評価した。
その後、万願寺は土木課の同僚と会い、蓑石に残る数世帯のために除雪車を動かすことは予算的に厳しいという話を聞かされる。除雪以外でも、救急消防などの対応や、将来的にはスクールバスなども問題になることに気づかされる。
その夜、万願寺は東京で働く弟と電話で話し、無理に地方に人を呼ぶのは「経済的合理性がない」 と指摘される。
- 白い仏
移住者の中でも精力的な長塚は「円光の仏像」を使って蓑石の観光を盛り立てるべきだと訴える。だが、円光の仏像を保管している若田夫妻は、仏像を公開することに反対していた。
仏像を供えた仏間から「変な感じがする」と言った若田は、増築前の仏像の置き場所を調べるため、前住人の残した日記を解読するため甦り課に助けを求める。
万願寺と観山は若田家に訪れ日記の解読をしていたが、観山の家の近くで火事があったという連絡が入り、万願寺が一人仏間に残り作業をしていた。
しばらくして万願寺が部屋を出ようとするとドアを開くことができない。鍵すらついていないドアだが力を入れても引くことができず、反対側から若田が試みても明けることができない。
戻ってきた観山が外側の小窓を開けたところドアは開いたが、若田は仏像がすり替えられていることに気付き、仏像による災いだと考えて恐怖する。
若田夫妻と長塚氏も蓑石を去っていく。
万願寺は、一年足らずで全ての移住者全員がいなくなってしまった蓑石に「何かの力が働いていた」と考えた。
感想・考察
個別の話は「日常系のミステリ」だが、徐々に全編を貫く仕掛けが見えてくると面白い。終章での種明かしは鮮やかだ。
ミステリとしては抜群のキレだが、テーマが重すぎて読後感はすっきりしない。。
田舎では過疎化が進み、地方都市が活力を失いつつある。一方で大都市では過密状態となり生活が息苦しくなる。
都市から地方への「Iターン」を促進する考え方は有りだと思うが、「ちょうどいい規模」でデザインできないと、交通や行政などのコストと収入が釣り合わない。
人口減で困窮している自治体単位で計画していてもうまくいかないのだろう。全体での構想が必要な事柄なので、国あるいは超国家的な単位で考えていく必要があるのだと思う。