終電の神様
【作者】
阿川大樹
【あらすじ・概要】
電車の緊急停車から動き出す、7つの短編。
①化粧ポーチ
緊急停車した電車に閉じ込められた乗客が車内で不快な思いをする。ようやく下車し同居している女性が救急車でたらい回しにされていることを知り、「とるものもとりあえず」病院に急行する。
②ブレークポイント
どう考えても納期通りに終わらない仕事を抱え、パンクしていたチームに社長が「休暇の取得」を厳命する。作業を一度止めるまでのブレークポイントに持っていくまで、チームメンバーの相互の思いやりを感じる。
電車の緊急停車による遅延で、最寄り駅までたどり着けなかった主人公は、途中駅から徒歩で帰り、途中ボクシングジムに寄っていく。
③スポーツばか
競輪選手の恋人のストイックな生活に敬意を払い、たまにしか会えない関係を大事にしていた女性。筋肉の炎症でトレーニングを続けられなくなった彼と埋めがたい距離を感じ別れを決意する。
④閉じない鋏
理容店を営む夫婦の息子は、理容師の資格を取りながらサラリーマンとして生きる道を選んでいた。居酒屋で出会った男から両親の仕事への矜持を知らされる。
母親から父の危篤の連絡を受け、電車に飛び乗るが人身事故で止まってしまう。閉じ込められた車内で息子は両親の人生に思いを至らせる。
⑤高架下のタツ子
電車事故で帰宅が遅れた恋人を待つ間に、彼の作品を高く評価するタツ子と出会い、その人生について話を聞く。両親の不仲と離婚とその間の母親との交流や、天職と思えるコント作家としての今など。
⑥赤い絵の具
友達のいない少女は高校で浮いていたが、ただ絵を描くことを愛し寂しさや辛さは感じていなかった。ある日、「赤い色を使いたい」という思いだけで手首を切り血を絵の具がわりに使おうとするが、出血が多すぎ入院してしまう。
自分を理解しない教師に苛立ち、状況を誤解してしまった同級生を救いたいと願う。
⑦ホームドア
妊娠を知った日、誰かに押され線路に転落した女性。動けない彼女を救ってくれた男性は名乗らずに消えてしまった。彼女は数十年に渡りその駅のキオスクで働いたが、ホームドア設置によるスペース縮小でキオスクは閉店することとなる。閉店を数日後に控えた日、彼女は運命の出会いを果たす。
【感想・考察】
それぞれの短編は独立しているが、一部の登場人物や情景がゆるく重なっている。極緩やかな連作短編集とも言えるだろう。「スポーツばか」の優しい心、「閉じない鋏」で両親が見せる「働くこと」への矜持、「赤い絵の具」の母親の強さなど、それぞれの作品に美しさがある。
K町駅というのは京急の黄金町のことらしい。町の情景が浮かび、すれ違う多くの人々がそれぞれに物語を抱えていることに思いを馳せた。