Kennie の読書録

毎日1冊本を読み、記録を残したいと思います。

プラージュ

【作者】

 誉田哲也

 

【あらすじ・概要】

 覚せい剤使用で執行猶予中の貴生は、アパートの火災で済む場所を失い、部屋を借りることもできず困窮していた。保護観察官から潤子の経営する「プラージュ」というカフェレストランと兼用のシェアハウスを紹介され住むことを決める。

 プラージュには、何らかの犯罪などで普通の生活を送るのが難しい人たちに生活の場を提供するシェアハウスだった。過剰防衛による傷害致死、麻薬取引への関与など過去の犯罪の刑期を終えても、世の中に赦されず普通の暮らしが送れない人に、羽ばたくまでの助走期間として、オーナーの潤子が生活の場を提供している。

 貴生の入居と前後して、殺人事件の再審で無罪判決を得た容疑者と、彼を追う記者もプラージュに入居する。入居者や記者が順番に一人称視点で語っていくのだが、この容疑者と記者はA、Bと固有名詞を使わずに呼ばれているので、誰のことなのか途中までわからない。最後に起こる事件で、容疑者と記者の正体とその過去が明かされる。

 

【感想・考察】

 犯罪は許しがたい。殺人や傷害など他者に危害を食わる犯罪はもちろん、麻薬や売春といった直接的な被害者はいない犯罪であっても、間接的に不幸な人を作り出している。許されるべきではない。

 一方で犯罪を反省し、懲役など罰を受け、新たな生活を踏み出そうとする人に対して世の中は冷酷だ。自分の犯した罪を認識し、どれだけ周囲に迷惑をかけたのかを理解し、真摯な生活を送りながら罪を償おうという人にも居場所があってもいいのではないかと思う。

 例えば飲酒運転による事故で家族を殺された人にしてみれば、相手は絶対に許しがたいだろう。自分がその立場に立ったら相手をもっと残酷に殺したいと思うかもしれない。個人の感情がそう動くことは制御できないと思う。

 ただ、そうすることが同様の犯罪の抑止力になるという義憤を持ち、正義だと思うのは危険だと感じている。最近のネットなどでも不正を完膚なきまでに叩きのめそうとする第三者には気持ちの悪さも感じている。

 肝要であることは難しいが、「正義」の危なさは心にとどめておきたい。