屋上のテロリスト
【作者】
知念 実希人
【あらすじ・概要】
1945年、終戦受け入れが数ヶ月遅れたことにより、アメリカとソ連に分割統治され、西日本共和国と東日本連邦皇国に分断した日本の if ストーリー。
死に魅入られた男子高校生「彰人」と、その自殺を止めた同級生の女子高生「沙希」が主人公。彰人はアルバイトとして先の企てた「テロ」に関わり、徐々にその全貌を理解していく。
東西日本の統一を願う両国首脳、現政権の弱腰を嘲笑いクーデターを狙う軍部、デモを主導する活動家たちと、沙希たちテロリストの駆け引きが緊迫感を持って描かれる。
【感想・考察】
知念氏の作品では珍しく、医療ネタではなく政治・軍事抗争が主体となる小説。緊迫感のあるストーリー展開だが、キャラクタの抜け感はいつも通りで気持ちよく読める。
太平洋戦争の終結が原爆投下から数ヶ月後になった場合、ソ連が日本北東部を占拠していたことは十分あり得る展開だっただろう。その場合、ドイツや朝鮮のような形で日本が国として分割される可能性は低くなかったと思う。分断されなかったことと分断された場合のどちらがより良い状況なのか、仮定の話では分からないが、分断が原因となる悲劇は確実にあっただろうし、それが回避できたことは良かったと言えるのだろう。
彰人の視点で沙希の仕掛けた「手品」のタネが徐々に明かされるところは面白いし、全体のプロットがよくできていると感心したが、それ以上に良いのはキャラクタの描き方だった。とくに花火師の言う「粋」という感覚は美しい。明文化するのは難しいような、文化的、道徳的、社会的な 良し悪しの判断基準があって、そういう雰囲気を共有できることが一つの文化圏だということなのだろう。合理的な説明はされずとも「粋じゃねぇ」と言われれば納得できるし、そういう非言語の基盤というのはとても強いものなのだとも思う。国家分断の話の中に「粋」を持ち込んだのは粋だと思う。