家出しなかった少年
あまり特別なことが起こらない日常を描きながら、生きる辛さや切なさ、そしてささやかな幸せを浮かび上がらせています。
不思議と救われたような気持になる作品でした。
【作者】
奥田徹
【あらすじ・概要】
33の短編集。以下は特に好きな5編です。
・ウイスキーと赤ん坊
息子が生まれてから頻繁に家に来る義父とそれを迎える嫁。
いつも何か手土産を持ってくるのが心苦しく「気遣いは要りませんよ」と伝えると、それ以降は姿を見せなくなった。
義母に聞くと、義父の父も同じようなことをしていたことを思い出し、嫁に申し訳なく思っているようだ。
酒を止めていた義父が、赤ん坊の横で幸せそうにウイスキーを飲んでいたことを思い出した嫁は、自分から義父の元に赤ん坊を連れていくことにする。
・僕がもらった原付バイク
東京に出るとき父に買ってもらった原付バイク。父からのプレゼントが嬉しかった。東京に住む間は原付でどこへでも出かけていたが、結婚してからは徐々に使わなくなる。
いつしか動かなくなり、1年以上放置していた原付を、引越しに際し廃車にすることに決める。
・真面目な彼女の選択
彼女は中学の修学旅行で買った硝子のネックレスを「幸運のネックレス」として一日も欠かさず身に着けていた。本気で信じるわけではなくても「変える」ことが怖くて着け続けている。退屈な仕事に疑問を感じながら、その生活を変える勇気もなく、惰性で日常を送っていた。
ある日、ネックレスを着けていないことに気づき、家を探すがどうしても見つからない。そしてネックレスのない日には良くないことが集中した。
後日、事故のあった工事現場で壊れたネックレスを見つけた。
身代わりになってくれたネックレスの欠片を集め、彼女はその日に辞職した。
・家出しなかった少年
「ドーナツと彼女の欠片」にあった「十四歳じゃない」という話のベースになっているようだ。
かつて、仕事を失い荒れる父から逃れようと家でを計画したが、家出を決行しようとする直前に父が失踪した。父がいなくなった家から家出をする意味を見出せず、しばらく一人で暮らしていたが、警察の保護が入り親戚に引き取られる。
20年後、ホームレスとなった父と偶然出会う。父は自分に気づかず「寂しさを紛らわすために人は生きている」と言う。
・待ち合わせ
彼女は日常のルーチンを正確に守り、待ち合わせにはいつも30分前には到着していた。「相手のことを大切にする」態度だが、周囲からの「おかしな人」からは大切にされず、軽く扱われる。
会社で理不尽な扱いをされた彼女は耐え切れず自殺を決意する。
・欲張りと幸せ
新聞配達をする僕とスーパーのレジで働く妻。贅沢はできないが日々困ることはない。ある日二人で伊勢に旅行する。良い天気を楽しみ、初めてのフランス料理を楽しむ二人。
妻は「幸せは欲張りな人には一生分からない」と言うが、僕は「十分、欲張っている」と思う。
毎日が辛く、どうしようも無い時も、積み重ねた幸せが僕に寄り添い励ましてくれる。
【感想・考察】
作者が描く登場人物の感じ方に深く共感できる。
「できるだけ 話しかけられないようにし、だいたい気に入らない髪型にされて、文句も言わずに出て行き、二度と行かない。その繰り返しで、いまだに行きつけは無い」というような陰キャ丸出しの感性や、
待ち合わせの30分前には着いていたい気持ちとか、
特に信じているわけでもないジンクスでも、破るのが怖いと思う弱さとか、
とてもよく分かるし、登場人物が感じている苦しさが伝わってくる。
一方で、父からもらった原付を廃車にするよう何気ない出来事から人生が動いていることを感じたり、ごくさりげない日常に幸せを感じるような暖かさもある。
苦しみを分かり合い、さりげない幸せに感謝する気持ちを思い出させてくれる、とても優しい話だった。