瑕疵借り
松岡氏は「元自衛官の臨床心理士」、「古物鑑定士」、「旅行添乗員」、「探偵を調査する探偵」、「手品師」などなど、幅広い職業の主人公が探偵役となる小説を生み出してきましたが、「瑕疵借り人」というニッチな職業で新作をぶち込んできました。
これだけ多作な作家なのに、新しいアイデアを続々と形にしていくのには感嘆せざるを得ません。
【作者】
松岡圭祐
【あらすじ・概要】
死者が出た等で「瑕疵物件」となった場合、賃借人に状況を告知する義務があり、借り手が付きにくい。そこで「瑕疵借り人」を短期間だけ住まわせ、告知義務を回避する、あるいは次の賃借人の心理的抵抗感を小さくすることがあるらしい。
本作は「瑕疵借り人」の 藤崎達也 が主人公となり、瑕疵物件にまつわる問題を解きほぐしていく短編集。
・土曜日のアパート
コンビニバイトでクリスマスケーキの販売ノルマに苦しむ琴美は、ふらりと訪れた峰岡に助けられる。峰岡はその後も時々コンビニに現れたが、彼が福嶋原発の作業員であることを知ったコンビニ店長は、彼の来店を拒む。店長の非礼を知った琴美は峰岡に謝罪の手紙を出すが返事はないまま年月は流れた。
数年後すでに就職していた琴美の元に、峰岡の遺品を整理しているという業者から問い合わせを受け、彼が白血病で死んでいたことを知る。琴美はかつて峰岡が住んでいたアパートの部屋に向かったが、すでに別の住人が住んでいた。
新しい住人の藤崎が「瑕疵借り人」であることを知った琴美は、峰岡の死を冒とくされたような気分になり最初は反感を覚える。だが、藤崎は峰岡と派遣会社の不平等な関係を暴き、藤岡が琴美に託した思いを伝えていく。
・保証人のスネップ
牧島は40歳を超えながら無職で自宅に引きこもっていたが、かつて小遣い稼ぎのつもりで登録した保証人代行のため、行方不明となった遙香が滞納した家賃を払わされた。
彼女が住んでいたアパートの部屋に向かった牧島は、すでに入居していた藤崎から、彼女が残したビデオメッセージを見る。彼女は保証人となった牧島に当てたメッセージを多数残していた。最後のメッセージを見た後、牧島は藤崎の助言を得ながら、彼女の足跡をたどっていく。
・百尺竿頭にあり
梅田昭夫の長男 睦紀はブラック企業に勤務していた。睦紀は実家の預金通帳を漁っているとことを発見されたこと等もあり、家族間の関係が冷え切っていた。
「両親には迷惑をかけず、いつか自殺しやる」といっていた睦紀だが、「約束を果たしたい」との遺書を残し、アパートの自室で自殺していた。
昭夫は睦紀が住んでいたアパートに向かい、すでに入居していた藤崎と話して、睦紀が遺書に託した本当の意味に気づく。
・転機のテンキー
結菜は小学生の頃から「パティシエ」に憧れ、将来の職業として心に決めていた。母親は自分の夢を支援してくれると考えていたが、中学卒業後に製菓学校に通いたいという結菜に、母も父も反対し、普通の高校から短大・大学への進学を強制される。
高校・短大と進学した結菜だったが、夢を認められなかったことへの反感がなコリ、両親との関係はあまり良いものではなく、企業への就職が内定したことも告げないままでいた。
そんなある日、母親が突然死し結奈の生活は一変する。母親を変死扱いすることを避け詳細な検死を拒んだり、遺品の一部を絶対に見せようとしないなど、父の態度に不信を感じる結菜。引っ越した後、部屋に入った瑕疵借り人の藤崎に導かれ、両親が隠し守ろうとしたものを見つける。
【感想・考察】
「面白くてためになる」ような雑学満載系ではなく、 殺人事件ではないが「人が死ぬミステリー」で、ちょっと暗い作風だが、最後に救いを示す。
原発作業員、苦学生、高齢ニート、ブラック企業社員など、社会的に苦しい立場にいる人たちを、「瑕疵借り人」の立場から救っていく、新しい形のヒーローだ。
各話とも、なぞを解くのが「瑕疵借り人」である必然性はないのだけれど、自分自身もグレーな仕事をしている主人公が、弱者の立場で世界を見ていることで、独特の視点からの物語となっている。
この話がシリーズ化することは無いとは思うが「ニッチな職業の探偵もの」のパイオニアとして、また新しい世界を見せてもらいたい。
【オススメ度】
★★★☆☆