邪馬台国はどこですか?
【作者】
鯨統一郎
【あらすじ・概要】
歴史上の出来事に対し、ミステリを解く様に独自の視点で解釈してゆく小説。
全6編で構成。バーに集う三人の客と語り手であるバーテンダーが歴史議論をする形で独自の論を展開していく。
・悟りを開いたのはいつですか?
ブッタは実は悟りに至ってはいないのではないか、とする説。
「ブッダが悟りを開いた」後にも瞑想を行い、迷う姿が描かれている。ブッダ自体は悟りに至ってはいないのではないか、と言う仮説を様々な文書から推定する。
ブッタが出家したのは、子供が妻の浮気によるものであったこと、実は王族の家系ではなく、商人の子供であったことなども文献の分析から推察している。
・邪馬台国はどこですか?
邪馬台国の所在地は九州か畿内という説が有力だが「岩手」だとの新説をあげる。
根拠として「魏志倭人伝」を分析し、下記の様な見方をしている。
①記述者が直接訪れた範囲までは方向も距離も正しい。
②記述者が伝聞して得た情報では、南北は逆転している。後の世代でも中国に残る日本地図は南北逆転しているものが多いため確度が高い。また距離は「何里」という単位で示された部分は度量衡測定技術の低さから信頼度は低いが、「陸路で何日、海路で何日かかった」という時間表記は信頼性が高い。
③九州にあると確定している最初の訪問地区と比べ、投馬や邪馬台国での官職名などは体系が全く異なっており、文化的に乖離している。
これらを踏まえて素直に読んでいくと、邪馬台国の位置は岩手にあると比定することができるとする。岩手のどこかについては音から「八幡平」だとしている。
・聖徳太子は誰ですか?
聖徳太子も蘇我馬子も、推古天皇自身であるとの仮説。
聖徳太子の存在は「日本書紀」に書かれたものを根拠としてるが、これは藤原不比等がその時代の天皇家の正当性を補強するために創作したものだという見方がある。
大化の改新にいたるまで、天皇は主に二つの家系からでていた。蘇我氏系統の現住系の家系と、渡来系の家系が争っていて、蘇我系の家系を滅ぼすために創作されたのが聖徳太子であり、推古天皇は万世一系のフィクションを守るために、天皇家の家系に入れられた、とする。
・謀反の動機はなんですか?
織田信長の本能寺での死は、明智光秀の手を借りた「自殺」であったする説。
信長には「強度の抑鬱傾向」、「反社会的人格」、「完璧主義」が見られること、「桶狭間の戦い」も、伝わっている様な奇襲は行われておらず、10倍以上の戦力差で正面からぶつかった「自殺行為」であったこと、合戦でも信長は軽装備で前線にいたことなど、「事故傾倒性(自分の体を大事にしない)」が高かったことなどから、自殺の可能性が高かったことをあげる。
・維新が起きたのはなぜですか?
明治維新は勝海舟に仕組まれたものだと言う説。
倒幕の原動力となったのは「尊王攘夷」で、天皇による直接統治と開国の拒絶であった。しかし明治維新後の実際は官僚機構による立憲君主的な運営であり、積極的な海外文化の取り入れだった。
勝海舟は幕府側の人間だが西欧列強諸国を見て「国家意識」を強く持ち、「徳川幕府の世襲による統治が優秀な人材を潰していること」、「政治体制変更による内戦は、列強の侵略を呼び込むこと」を認識した。
そこで勝海舟は薩長を利用し幕府を倒しながら、国内の戦争は回避し、その後スムーズに官僚機構の構築と欧米文化の取り入れを行った。
西郷隆盛のような「戦争好き」にも「催眠術」の様な交渉で、衝突回避している。
・奇蹟はどのようになされたのですか?
キリストの復活は、ユダとの「死体交換トリック」によるものだという説。
イエスやユダが属していたユダヤ教のエッセネ派には、指導者の殉死と復活が描かれていたことが、死海文書の解読で判明した。
イエスは当時ユダヤ教で主流であったパリサイ派から戒律違反で処刑されることが見えていたことから、この機会を利用し、「殉死と復活の奇蹟」を実現させようと計画した。イエスに扮したユダは十字架の上で死に、その後自死したとして死体を入れ替える。「キリストの墓に死体が無かった」のはこの入れ替えによるものだという。
【感想・考察】
歴史上でも特に有名な出来事について、独特な見方を提供している。専門的な見地からどの程度評価されるものなのかは分からないが、歴史への興味の契機となる「エンターテインメント」作品としてとても面白い。
勝海舟の話でも、催眠術説など荒唐無稽な部分も多いが、大筋として欧米の強みを導入しつつ内戦は回避するという神業を行ったことは間違いない。イエスの死体交換トリックも、「あり得ないこともない」くらいの説得力があった。
商社の立場しか残らない「歴史」の記録から、その後ろにあるものを読み解いていく面白さは十分感じることができた。