新釈 走れメロス 他本編
【作者】
森見 登美彦
【あらすじ・概要】
京都の大学生が不思議な世界を織りなす「森見ワールド」で、著名な日本文学を題材に新たなストーリーを作り上げている。モチーフとなったのは以下の5作品。
中島敦「山月記」
小説家を目指す男が「傲慢な自意識」故に自ら天狗になってしまい、再会した旧友に心情を吐露する。詩作を志し虎になってしまったオリジナルを完全になぞり、文体も中島敦を意識したのか若干硬いものになっている。ただキャラクターの造形は、いつもの森見氏と同じく怠惰で傍若無人で飄々としていて、原作とは違う魅力が出ている。
芥川龍之介「藪の中」
学生監督が自分の恋人とその元カレがよりを戻す様を撮った映画が主題。「映画を見た人」、「友人」、「恋人」、「その元カレ」 等が複数の視点から映画について語る。語り手によって状況が微妙に異なり、真相は「藪の中」というのは原作と同じなのだろう。「何を考えているのか分からない人たち」の支離滅裂さが微妙に重なり合う。
太宰治「走れメロス」
自分の身代わりに捕らえられた友人との約束を「守らない」ために、逃げ回る主人公。京都の街の落ち着きつつ煌びやか雰囲気や、次々と訪れる「濃い」人たちは森見氏のいつもの雰囲気で、「走れメロス」をモチーフにしながら完全に独自の世界に取り込んでしまっている。
坂口安吾「桜の森の満開の下」
人気のない満開の桜を恐れる主人公。桜の下で一人佇んでいた女性との出会いから、小説家として成功を収め人生が大きく変わっていく。京都を離れ東京に移り住み、上へ上へと進む毎日、小説家としても「彼女」以外を書くことができなくなり、日々鬱屈した気分が募る。ある日、京都に一人戻り満開の桜の恐ろしさの原因に気づく。原作を読んだことはないのだが、森見氏の世界観と異なる雰囲気は原作由来なのだろう。
森鴎外「百物語」
怪談を語る度に蝋燭の火を一つ消し、百本の蝋燭が全て消え闇がおとづれた時「この世ならざるもの」が現れるという「百物語」に友人に誘われ参加する。百物語の会場でこの作品の登場人物たちが集う。主催者の学生演劇演出家の意図するところが分からないまま、本作の主人公は途中で会場を離れてしまう。
【感想・考察】
古典的名作を題材としながら、自分の世界に引き込んでしまう作者の筆の強さを感じた。特に「走れメロス」の織りなすようなドタバタ感は「夜は短し歩けよ乙女」など森見氏の作品世界を強く通じている。「俺もアホだが、お前もたいがいだな。お前もやるな」とバカバカしさを競う経験は大学生蔵の頃には確かにあって、懐かしさも感じた。原作となった作品で未読のものは一度読んでみようと思ったが、森見氏の作品ももっと読んで見たいと思う。