『オトナの短篇シリーズ02 「怪」』 オトナの短篇編集部
明治から昭和中期くらいまでに活躍した著名な作家たちによる「怪奇譚」を集めた短編集です。
タイトル
オトナの短篇シリーズ02 「怪」
作者
オトナの短篇編集部
あらすじ・概要
著名な作者による怪奇譚。
1ページにも満たない超短編から、中編まで全9話を収める。
- 週電車に乗る妖婆/田中貢太郎
生活様式が変われば会談も変わる。電車に現れる金貸し老婆の怨霊の話。
- 桜の木の下には/梶井基次郎
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」から始まる。桜と死をともに耽美的に捉える。
- 待つ/太宰治
20歳の女性は戦争が始まってから毎日、駅前に座って誰かを待っている。誰を待っているのかは自分でも分からないが、待っているのは素晴らしいもの。
- セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹
建築現場で働く男はセメント樽の中に小さな箱を見付ける。箱の中の手紙には「私の恋人はセメント工場での事故で亡くなり、死体は粉砕されてセメントになってしまった」と書かれていた。
- 文字禍/中島敦
古代アッシリアの学者ナブ・アヘ・エリバは、王から「文字の霊」の調査を命じられた。ナブは文字を学んだ者は「記憶力を弱らせ、考える力を失い、分析的になって本質を捉えられなくなる」という文字の呪いがあることを発見する。自らも文字の呪いに囚われつつあることに怯えたナブは王に進言するが、王の怒りを買ってしまう。
- 瓶詰地獄/夢野久作
無人島から流された3本の瓶詰の手紙が見つかる。
1つめの手紙は、ようやく救助が来たが罪深い私たちは元の世界に戻ることはできないと身投げをする決意が書かれる。
2つめの手紙はその数年前なのか、「私」と「アヤ子」が無人島に到着してから10年ほど過ぎた頃の話。水も食料も豊富な島で生きることに苦労はなかったが、徐々に成長するお互いを意識してしまう様子が描かれる。
3つ目の手紙は、「太郎」と「アヤコ」が島に流れ着いた直後、助けを求めるメッセージ瓶に詰めて流した者だった。
3つの手紙の時系列を考えるといくつかの矛盾点があり「実際には何が起こったのか」が分からなくなる。
- 悪魔の舌/村山槐多
友人が自殺の直前に電報を送ってきた。友人は「自分が悪魔であり、悪魔の舌を満たすためのゲテモノを食べ続け、最後には人間の味を知ってしまった」という告白文を隠していた。
- 白血球/豊島与志雄
とある一家が引っ越してきた家は、何かが憑いているという評判があった。やがて刑事が訪れ、嫌な感じのする女中部屋の押し入れから一枚の板を抜き取り調査のために持っていった。刑事いわくその板は数年前に殺人があった家に使われたものだという。
- 少女病/田山花袋
雑誌社に勤める男は少女の美しさを賛美する作品を書き続け、周囲からは揶揄されていた。彼の楽しみは通勤電車で可憐な少女たちをさりげなく観察することだったが、電車に惹かれて死ぬ。
- 鸚鵡蔵代首伝説/国枝史郎
親を亡くした菊弥は嫁いだ姉のお篠を頼って訪れた。お篠は嫁ぎ先の伝統を守り夫に代わって「代首」とよばれる首を洗っていた。
山彦のように声を返すと言われる「鸚鵡蔵」に興味を持った菊弥は蔵の周囲を探っていたところ、壁の隙間から中に転がり込み、誰かに捕まってしまう。
感想・考察
どれも短い作品だが、メジャーな作者たちの作品だけあってどれも強烈な個性を感じさせる。特に気に入ったのは「瓶詰地獄」と「少女病」だ。
夢野久作「瓶詰地獄」は3本の瓶に詰められたメッセージをよく読むと、色々と矛盾が見つかる。それぞれが書かれた時系列はどうなっているのか、登場人物は固定された2人なのか、2人は最終的のどうなったのか、不明点が多く残る。
伏線を散らし、風呂敷を広げて、最後は「さてどういうことでしょう?」と読者にぶん投げてくるスタイルはエヴァとかにも流れているように思える。伏線を回収してしまうと「なーんだ、そんなことか」と安っぽく見えてしまうことも多いが、未回収のまま置いておくと、読者が勝手に高度に考察してくれる。その前提となる世界観がきっちり描けていることが前提だとは思うが、読者の力を利用するパターンも面白い。
もう一つ、田山花袋「少女病」もなかなかすごい。実際に読んだことはなかったが「蒲団」などで赤裸々な描写による自然主義文学を志した人という印象を持っていた。でも実際に読むと、「赤裸々な自然主義」というより「自虐系ガチロリじじい」だった。コミケで同人誌を売っていても違和感ないだろう。オチの雑なぶん投やけに親近感を覚える。