スパイが教える思考術
CIAの諜報員だった経験を持つ著者が、諜報機関やスパイがどのような意思決定プロセスを持っているのかを解説しています。具体的な事例に重ねて内面の思考を開設しているのは、緊迫感があって中々面白いです。
【作者】
ジョン・ブラドッグ
【あらすじ・概要】
スパイである著者が、敵国での情報収集中に電車の中で携帯電話を奪われそうになった事件の際に、内面で行っていた思考をベースに解説する。ポイントは2点。
① DADA(Data-Analysis-Decision-Action) のサイクルを高速で回す
まずは周囲の状況についてのデータを集め、データをもとに分析し、決定し、具体的なアクションに移す。
モデルケースでは第一の課題として「襲ってきた男は自分がスパイだと知っているのか」という判断が挙げられていた。
・現地語で語りかけてきた。
・監視カメラがある場所で仕掛けてきている。
・周囲に人が多い場所で仕掛けてきている。
(周囲の人が仲間でないことも判断している)
といったデータを分析し「自分をスパイだと認識していない」と判断。同時に、
・瞳孔が開いている
・手が震えている
などのデータから、麻薬中毒者が換金性の高い携帯電話を欲しているだけだと判断した。
諜報活動に必要な情報が詰まった携帯を渡すわけにはいかず、反撃して、監視カメラなどに記録を残し現地警察にマークされる事態は避けなければならない状況で、どのような行動を取り得るか、という行動の判断に繋がっていく。
事例のように突発的な出来事であれば Dataの収集から始まるが、諜報機関などは無益な衝突を避けるために事前に行動を仕掛ける。その場合は 仮説として仮の判断を行い、そこから DADAのサイクルを回す。
② 「相手がどのようなゲームだと捉えているか」を把握する
双方の利益・損失の観点から
・片側が利益、もう一方は損失を受ける「ゼロサムゲーム」
・双方が利益を得る「ポジティブサムゲーム」
・双方が損失を被る「ネガティブサムゲーム」
に分けて考え、「ポジティブゲーム」に持っていくことを考える。
(一般にゲーム理論で使われる「ゼロサムゲーム」は受益者の数に関係なく得失の合計が全体でゼロになっていることを指すし、「ポジティブサムゲーム」は損を被るものがいても全体でプラスになっていれば良いので、定義が異なっている。どちらかというと「Win-Lose」、「Win-Win」、「Lose-Lose」の関係に置き換えた方が理解しやすいと思う)
事例では、著者にとっては携帯を奪われても、反撃して目立っても、どちらも大きな損失になる。相手側としては携帯を奪うか、反撃を受けて怪我をするかのどちらかだ。ここから双方の利益となる、あるいはどちらにもマイナスのない選択肢を取り得るのか考えていく。
また別の事例として、イラクが大量破壊兵器の査察を拒否したケースを挙げている。
査察の申し出はイラクにとって
・「大量破壊兵器を所持していた場合、それを破棄しなければならないリスク」
・「査察拒否により、アメリカや国連からの制裁を受けるリスク」
を天秤にかけて判断すべき事案だと、アメリカは考えていた。
ところが実際はイラクにとって最大の敵は国内と周辺国であり、
・「実際に大量破壊兵器を所持すると軍部のクーデターが脅威となる」
・「大量破壊兵器を所持していないと周辺国に知られると攻め入られる」
というリスクが判断基準となっていた。
そのためイラクは「実際には大量兵器を所持せず、しかし周辺国には所持しているように匂わせる」という状況を作る必要があり、それと比べるとアメリカとの関係維持は優先順位の低い事項だった。
以上のように、具体的事例を重ねながら、思考の道具を紹介していく。
【感想・考察】
実際の行動に重ね、自分の思考を分析的に客観視 するのは格好がいい。実際の事例の結末は尻すぼみで、スパイ映画のように華麗な解決を行うわけではないが、リアリティのある話で臨場感はあった。
思考法の話というよりは、読み物として面白かった。
【オススメ度】
★★☆☆☆