銀の匙
【作者】
中勘助
【あらすじ・概要】
1910年に発表された前編と、1913年に「つむじまがり」として発表された後篇からなる小説。
伯母が自分に薬を飲ませるのに使った「銀の匙」を見つけ、幼少時代を回想する。
主人公は幼少の頃病弱だった。母も病弱であったことことから、夫に先立たれた伯母に育てられる。小学校に入るまでは外出もあまりせず、伯母に頼りきったせいかつだった。その当時に入手した玩具や祭りの風景を繊細な文章で描写している。
小学校への入学時には、家を離れ同年齢の人と交流することに強い不安を感じ抵抗したが、伯母の仲立ちでできた友達や相性の良い先生たちのおかげで徐々に馴染んでいく。当初は脳が弱いということで、先生からも強い圧力を受けることはなかったが、劣等感をバネに勉強に励み、成績は急上昇する。同時に体も徐々に強くなり、学校の中でもいつしか中心的な位置を占めるようになる。前編の最後は、お慧という少女と徐々に仲良くなり、彼女が両親の都合で転居することによって別れるところで終わっている。
後篇でも日常の生活が描かれる。いわゆる「男らしい強い生き方」を求める兄と、繊細な物事への感受性を大事にする自分との確執があり、結局兄とは距離を置いたままとなる。後篇の後半では成長した主人公が、家を離れた伯母を訪ねる話が語られる。年老いて目も良く見えず不遇な生活をする伯母であったが、主人公との予期せぬ再会に喜びはしゃぐ姿が描かれている。
【感想・考察】
明治時代の子供の生活が克明に描かれている。自分が直接経験した時代では無いが、何故か懐かしさのようなものを感じる。自分の幼少時の経験と遠く繋がっている感覚があるのだろうか。日本の原風景の一端なのかもしれない。
主人子は繊細で、風景や事物の美しさ、音楽などを好み、荒々しい人間関係のぶつかりあいを恐れ避けている。このような感受性を持つものは今も昔も生き辛いのだろうが、自分を無条件に愛し献身的に支えてくれた伯母の存在に支えられている。仏教を信奉する伯母から、弱者や小さなものへの繊細な心遣いを受け継いでいる。一方で他者との交流を恐れすぎることから、小さな感謝などを伝えることもできず、人間関係をうまく維持できない部分などは、自分自身をみているような感じもあり、切ない後味を残す作品だった。