黄砂の籠城 (上・下)
【作者】
松岡 圭祐
【あらすじ・概要】
清朝末期の義和団事件を題材とし、史実を織り交ぜた時代小説。
アヘン戦争や日清戦争を経て列強に分割侵攻されつつあった清朝末期の中国北京で、列強8カ国の公使館が集まっていた「東交民巷地区」を、「扶清滅洋」スローガンに掲げる義和団が包囲する。のちに西太后の勅を得て清の正規軍も参戦し、数百日に及ぶ籠城が行われた。この籠城戦では公使付き武官として北京に駐在していた柴五郎陸軍中佐が重要な役割を果たす。8カ国連合の中で籠城戦を実質指揮した柴五郎は、英国のクロード・マクドナルド公使の高い評価を得て、のちの日英同盟実現の要因ともなった。
こういった史実をベースに、オリジナルの要素として柴五郎の元で籠城戦に奔走する櫻井や民間人の義勇兵、ロシアなど他国の兵士達との共同戦線が描かれる。内部に潜むスパイは誰か、どうやって攻め込もうとしているのかなどミステリの要素も盛り込まれている。
【感想・考察】
松岡氏の作品はたくさん読んでいるが、この作品は異色の作品となっている。細かく物事を調べて豆知識を並べ、それをミステリーの肝とすることが多いが、今作では細かい取材が歴史的事件の背景を緻密に描き出す方向に活きていて、作品の重みが違うと感じた。また主人公も従来作品で多いスーパーヒロインではなく、戦いに翻弄されつつ自らの生き様を定めていく陸軍兵士としているが、今までのスーパースターよりも数段格好良かった。(ミステリには荒唐無稽な部分だし、戦闘シーンの描写ではスーパーヒーロー的な描写になってしまってはいるが。。)
また柴五郎が冷静沈着な状況判断で周囲を巻き込み、最初は舐められていた状況から徐々に主導権を握っていく様も読んでいて気持ちがいい。日本人アゲが極端すぎると感じるところもあり、ここは多様な視点で公平に見る必要があるとは思う。それでも、このような人物が昭和初期の陸軍中枢部に残っていれば、軍部による暴走を抑止することができたのかもしれないと感じさせる。
この作品を読む前に、浅田次郎氏の「蒼穹の昴」と「珍姫の井戸」を読んでいたので、時代背景はよく理解できた。このあたりの作品と一緒に読むと面白さが増す。