この国のかたち(3)

【作者】

 司馬 遼太郎

 

【あらすじ・概要】

  明治開国後、それまで西洋文化を吸収してきたオランダから、重点が急遽移ったこと、社(しゃ)という共同体の原型が今日まで生き続けていること、七福神はほとんどが外国生まれの神であること、明治後初めての官立学校である東京帝国大学の生徒の報国の精神など、前巻までと同じく幅広い内容に触れた歴史考察の本。福沢諭吉の脱亜論では、脱亜入欧の勢いがあまり、中国や韓国の主権を軽視する内容で今日にも遺恨を残していることも初めて知り得た。

 

【感想・考察】

 特に興味をそそられたのは、秀吉の変節についてだった。

 信長の臣下として活躍していていた頃や、信長の遺志を継ぎ国内の対立相手と戦い統一を果たした時期は、気遣いの厚さや、明るい人格が周囲を魅了していたと言われる。また、信長が手がけてた施策を次々と実施徹底させ、封建的な統治方法を廃し、農業でも商工業で極力直接支配していった手腕はとても鮮やかだった。

 ただ、日本国内に敵がなくなり、権力の頂点に立った後の秀吉には、熟しすぎて腐ったような気分の悪さを感じる。派手好きが暴走し悪趣味と思われるような文物を残し、国内統一の時の精緻さとはかけ離れた安易さで、大した意味もなく朝鮮に出兵したりと、行動に重みが感じられない。

 出自が高くなかったことが、一方では”這い上がってきた”才覚への自尊心に繋がる一方で、引け目となっていたのかもしれないし、長期にわたって自分を殺してきたものが、蓋がなくなって一気に溢れ出たのかもしれない。

 品格を保って生きるためには、自分を律する強さが必要なのだが、権力の頂点に立つ者が自己を律し続けるのは相当に高い精神性が求められるのだと思う。