毎日一冊! Kennie の読書日記

面白い本をガンガン紹介していきます!!

マリーの愛の証明

【作者】

 川上未映子

 

【あらすじ・概要】

 「ミア寮」の寮生であるマリーは定例のピクニックで、集団から離れ湖のほとりで一人佇んでいた。マリーの恋人だったカレンが訪れ、別れは受け入れるが「私を愛していたのか」を教えて欲しいという。

 マリーは「”愛”は証明できないから”無い”ということにはならない。そもそも人は何も無いところから”愛”を生み出すことができるのではなく、どこかにある大きな”愛”の一部を自分のものだと錯覚しているのでは無いか」と言う。

 だから「私があなたを愛していたことは証明できない。でも、自分が今誰かを愛してしないからといって”愛”が消えたわけでは無い。今自分が愛されていないからといって”愛”がそこに無いわけではなく、その人が”愛”のことを一度でも知ったことがあるのならば、”愛”はそこにあると言えるのではないか」とカレンに伝える。

 

【感想・考察】

 「ミア寮」の背景説明がないので推測するしかないが、女性限定の孤児院のようなものなのだろうか。誰かの虐待から逃れた少女が集まっているのか、他に目的があるのかはわからない。

 それぞれの少女や、看護師のアンナも、愛を希求していたり、愛に怯えていたり、”愛”と格闘している様子が描かれている。静かで淡々とした描写だが、苦しさを超え、生きることと向かい合おうとする力強さが感じられる作品だった。

 

ま、いっか。

【作者】

 浅田次郎

 

【あらすじ・概要】

 浅田次郎氏が女性ファッション誌などに寄稿した記事を集めたエッセイ集。小説を読むだけでも浅田氏の人となりはよく理解できるのだが、自分の来歴について語るエッセイを読むとより理解が深まる。

 

 浅田氏が「きちんとしていること」に拘るのは、江戸武士の価値観を引き継ぐ祖父母からの教えによるもの。特に服装については厳しかった。

 銀座が故郷というような感覚を持つような都会っ子。また幼少の頃から祖母に連れられ歌舞伎鑑賞をしていた。

 祖父母が亡くなり、両親の仕事がうまくいかなくなった頃から家族は離散し、「自己責任で自由に生きる」道を選ぶ。

 高校生の頃から「小説家になりたい」という思いを抱き、様々な職業を経験しながらも愚直に努力を重ねてきた。

 自衛隊に所属していた時期がある。戦争の描写にリアリティーがある理由の一つか。

 アパレル業界に身を置いた時期も数十年ある。祖父母が身なりを整えることにこだわっていたことが関係しているのだろうか。小説でも女性服飾の描写が細かいと感じることもある。

 本を読むことを最大の娯楽と捉え、青年期から一日一冊の本を読み続けている。

 旅行が好きで、国内の温泉巡りや海外への旅行も頻繁にしている。ラスベガスでの買い物の楽しさや、パリで「文化」が大切にされている様子なども伝えられている。

 

【感想・考察】

 「礼とは何か」という話には感銘を受けた。

 「法」が整う前に、他者との関係を律するための自発的な社会秩序が「礼」である。権力により「法」が整えられても永遠に完成することはなく、「礼」はいつまでも必要なのだが、「礼」が退行し「法に反し罰せられなければ何をしてもいい」という考えが蔓延している。挨拶や身なりを整えること、ちょっとした心遣いは「法」に強制されるものではないが、「礼」として守り続けるべきものだという話に感銘を受けた。

 タイトルになっている「ま、いっか。」には、十七条憲法の「以和為貴(和を以って貴しとなす)」を充てている。誠実に生きようとすると時に諍いを招く。謙譲と譲歩の精神は「ある程度のいい加減さ」を必要とする。「ま、いっか。」は「誠実に生きようとする真摯さと、絆や和を大切にしたい思いのバランス」を示しているものだ。

 浅田氏の文章はエッセイでも面白い。

 

終電の神様

【作者】

 阿川大樹

 

【あらすじ・概要】

 電車の緊急停車から動き出す、7つの短編。

 

①化粧ポーチ

 緊急停車した電車に閉じ込められた乗客が車内で不快な思いをする。ようやく下車し同居している女性が救急車でたらい回しにされていることを知り、「とるものもとりあえず」病院に急行する。

 

②ブレークポイント

 どう考えても納期通りに終わらない仕事を抱え、パンクしていたチームに社長が「休暇の取得」を厳命する。作業を一度止めるまでのブレークポイントに持っていくまで、チームメンバーの相互の思いやりを感じる。

 電車の緊急停車による遅延で、最寄り駅までたどり着けなかった主人公は、途中駅から徒歩で帰り、途中ボクシングジムに寄っていく。

 

③スポーツばか

 競輪選手の恋人のストイックな生活に敬意を払い、たまにしか会えない関係を大事にしていた女性。筋肉の炎症でトレーニングを続けられなくなった彼と埋めがたい距離を感じ別れを決意する。

 

④閉じない鋏

 理容店を営む夫婦の息子は、理容師の資格を取りながらサラリーマンとして生きる道を選んでいた。居酒屋で出会った男から両親の仕事への矜持を知らされる。

 母親から父の危篤の連絡を受け、電車に飛び乗るが人身事故で止まってしまう。閉じ込められた車内で息子は両親の人生に思いを至らせる。

 

⑤高架下のタツ子

 電車事故で帰宅が遅れた恋人を待つ間に、彼の作品を高く評価するタツ子と出会い、その人生について話を聞く。両親の不仲と離婚とその間の母親との交流や、天職と思えるコント作家としての今など。

 

⑥赤い絵の具

 友達のいない少女は高校で浮いていたが、ただ絵を描くことを愛し寂しさや辛さは感じていなかった。ある日、「赤い色を使いたい」という思いだけで手首を切り血を絵の具がわりに使おうとするが、出血が多すぎ入院してしまう。

 自分を理解しない教師に苛立ち、状況を誤解してしまった同級生を救いたいと願う。

 

⑦ホームドア

 妊娠を知った日、誰かに押され線路に転落した女性。動けない彼女を救ってくれた男性は名乗らずに消えてしまった。彼女は数十年に渡りその駅のキオスクで働いたが、ホームドア設置によるスペース縮小でキオスクは閉店することとなる。閉店を数日後に控えた日、彼女は運命の出会いを果たす。

 

【感想・考察】

 それぞれの短編は独立しているが、一部の登場人物や情景がゆるく重なっている。極緩やかな連作短編集とも言えるだろう。「スポーツばか」の優しい心、「閉じない鋏」で両親が見せる「働くこと」への矜持、「赤い絵の具」の母親の強さなど、それぞれの作品に美しさがある。

 K町駅というのは京急の黄金町のことらしい。町の情景が浮かび、すれ違う多くの人々がそれぞれに物語を抱えていることに思いを馳せた。

 

 

バカが多いのには理由がある 〈理由がある〉シリーズ

【作者】

 橘玲

 

【あらすじ・概要】

 時事問題などに作者の視点で論を展開していく。

 タイトルにある「バカが多い理由」は、エネルギーを使わない「ファスト思考」で済ませるからだとしている。人間の思考には「ファスト思考」と「スロー思考」がある。進化の歴史では危険な状況に対処するなど、反応的で深く考えず素早く動く「ファスト思考」の重要性が高かった。近代以降、複雑な思考が必要な時は「スロー思考」をする必要があるが、人は「スロー思考」を避け、簡単に結論が出る方法を探ろうとする。マスコミなども、スローな思考を深めるよりもファスト思考に乗る分かりやすい結論を提示しがちになり、結果 「バカ」が増えるという論法。

 

 政治について、正義の捉え方から以下のような分析をしている。

 ①自由主義、②平等主義、③共同体主義 があり、それに加え ④功利主義的な考え方が力を持っているとした。自由主義は功利主義と相性の良い部分もあるが、平等主義・共同体主義は市場原理を否定する。平等主義は共産主義など左翼的な思想に繋がり、共同体主義は右寄りの伝統思想に繋がるが、至上主義への反発という点では繋がりを持ち始めている。一方でどういう政治思想をとる政治家でも、実際に選択できる政策は大差なく、「誰が政権を取っても同じ」という諦観が広まり、投票率が低下している。

 

 歴史の中で日本が成し遂げたすごいこととして、江戸時代の「武装解除」を挙げている。戦国時代には各戦国大名が数千丁の銃を保有しており、世界でもトップクラスの武装レベルだったが、江戸時代に入り武装がグレードダウンした。核武装などエスカレートしがちな武力競争だが、なぜ日本の江戸時代に武装解除が実現できたのか、分析する価値がある。

 

 日本的雇用では、正社員を終身雇用で守る反面、サービス残業などを強要してきた側面がある。飲食などではアルバイトよりも裁量労働で残業コストを削減できる正社員の方がコストが安いことを「発見」し、格安居酒屋などの業態を作ってきた。

 企業に「イエ」のような役割を期待している以上、「ブラック」な労働条件は変わらないと見ている。

 

 日本は自殺が増えているという見方をされている。長期的に見ると確実に人数は増えているのだが、単純な人口増加や、年齢別の自殺者構成の影響を除外すると、実はそれほど大きな変動はないとも言える。

 

【感想・考察】

 いくつかの論点を提示しているが、どれも独自の見解がある。「累進課税は努力した人への懲罰だ」という意見の紹介や、「NGOはエンターテイメント的な分かりやすさを求めている」という分析など、一面しか見ていないと感じる部分が多いが、それでも自分の見解を前面に出して述べていること自体は好感が持てる。

 

 

旅する火鉢(ものものがたり1)

【作者】

 高樹のぶ子

 

【あらすじ・概要】

  祖父の代からずっと受け継がれ、家の盛衰を見続けてきた大きな火鉢。火鉢に描かれた楽しげな旅人に憧れたのか、祖父は常に旅をする人生をおくった。

 ある時、サーカスのテントに誘われ、回転する少女や、火鉢を回す少女を観る。火鉢の絵は遠心力で飛ばされて、テント自体が大きな火鉢になる。

 祖父の姿となったピエロは「もう過去を探すのはやめて、そこに今あるものを大事にするんだ」と告げる。

 

【感想・考察】

 「火鉢」という「もの」をテーマとした短編で、ものを媒介に過去に想いを寄せる主人公に「今を生きる」ことを説く。説明的な描写が急に幻想的な表現に飛ぶ感覚は面白い。

 

 

宇宙に外側はあるか

【作者】

 松原隆彦

 

【あらすじ・概要】

 宇宙観察の進歩、宇宙の起源、宇宙の形状、宇宙の外側について、現在の学説を平易な言葉で解説している。

 

 現在では「宇宙マイクロ波背景放射」の観測から宇宙の誕生から38万年後くらいの状況は探れるようになった。それ以前を探る手がかりとしてニュートリノの分析や重力波の解析が期待されている。

 直接観察以外にも現在残っているものから考古学的な理論分析で、宇宙が始まってから1兆分の1秒くらいまでのビックバンの様子は推定されている。ビックバン理論に基づいた「標準宇宙論」と呼ばれている。

 宇宙に存在する物質は理論値の4%ほどしかなく、「ダークマター」とされる観測できない物質が23%ほど、残りは「ダークエネルギー」として存在していると推定されている。

 力を統一する理論は不完全。電気力と磁気力は電磁気学により統一され、電磁気力と弱い力は電弱統一理論により統一されているが、電弱力と強い力の統一は不完全で、さらに重力波蚊帳の外に置かれている。宇宙の初期の高エネルギー状態では力は一体でエネルギー密度が低下するに従って分岐してきたという考え方もある。

 宇宙のごく初期に急激な膨張があったという「インフレーション理論」は、光の速さでも届かない距離で相互の影響を与えていたことや、素粒子の密度が低すぎることをうまく説明できるといている。

 宇宙の形として、正の定曲率を持つ「閉じた宇宙」、負の定曲率を持つ「開いた宇宙」を紹介する。

 量子論の世界では「観測されるまでは様々な状況が重なり合って存在している」としてるが、これがエヴェレットの多世界解釈と繋がる考え方であると紹介している。

 微調整問題として、物理学上の様々な定数(パラメータ)が生物の存在に好都合すぎる不自然さも取り上げている。多世界解釈では都合の良い可能性分岐だけで生物が存在しているのかもしれないし、認識する側の捉え方によるのかもしれないとしている。

 

【感想・考察】

 難しい観念も数式などを使わず、極力わかりやすく説明している。

 「二次元世界から見た三次元の球」と同じように「三次元世界から見た四次元での球的なもの」が宇宙のイメージだったが、「正定曲率の閉じた宇宙」として明確に描かれていて、すっきりと腹に落ち感激した。

 また、エヴァレットの多世界解釈は、何らかの分岐があるたびに世界が無限に増殖していくイメージだったが、過去についても未来についても、量子論的に「重なり合った状態」で様々な分岐が合わさって存在していて「観察者にとっては自分が踏み込んだ分岐以外は認識できない」だけなのだ、という考え方が理解しやすい。直感的に理解しにくい量子論が少しだけ見えたような気がした。

 好奇心を刺激する本。

 

優しくって少し ばか

【作者】

 原田宗典

 

【あらすじ・概要】

 多彩な男女の関係を描いた6作からなる短編集。

 

・優しくって少し ばか

 句読点をあまり使わない、文章の区切りを口語的なスピード感でつなぐ手法で、すぐ隣で話を聞いているような感覚を受ける。バブル全盛を迎えようつする時期のコピーライターらしく、スタイリッシュにまとめようという感触はある。それでも原田氏がエッセイなどで得意とする畳みかけるような、妄想独り言炸裂感もちりばめられていて、楽しく読める。

 男女の微妙な空気感や、まじめで紳士で融通の利かない「優しくって少し ばか」なパン屋の描写など、通してみると温かい雰囲気にまとめられている。

 

・西洋風りんごワイン煮

 1編目から急に変わって、サイコホラー的なタッチ。男性目線で女性の不気味な行動を綴るが、はっきりと描写しきらないことで不気味さを増幅している。

 

・雑司が谷へ

 女性に中絶をさせてしまった男の目線で、女性というものを描く。男の立場から見ると極めてリアリティが高い。男が安らぎを感じるところ、苦しさを感じるところ、悲しさを感じるところ、怒りをかじるところ、が、かなり赤裸々に描写されている。

 

・海へ行こう、と男は

 短めのホラー。今度は女性からの視点で恐怖を描く。「西洋風りんごワイン煮」で描かれた男性にとっての恐怖は「昨日まで続いてきた日常がいつの間にか姿を変えている」恐ろしさであり、この短編で描かれる女性にとっての恐怖は、「帰るべき浜辺、頼るべきものから、どんどん遠くに押し流されてしまう」ことだと対比されている。

 

・ポール・ニザンを残して

 「優しくって少し ばか」の後日談。文章の洒脱加減は磨きをかけている。非常に暖かい感触を残して終わった「優しくって少し ばか」の後で、二人の関係がねじれてしまうことに、寂しさを感じる。

 

・テーブルの上の過去

 これも「優しくって少し ばか」の流れを汲んでいると思われる。「指輪で能力を封印した占い師」が力を開放し過去の因果を変える。これは救いの物語と捉えてよいのだろうか。

 

【感想・考察】

 20年近く前に愛読していた原田宗典氏の作品を久しぶりに読んだ。この作品自体は相当古いもので、当時一度は読んでいたはずだが、それほどの印象は残っていなかった。どちらかというと、おちゃらけた楽しいエッセイストとして見ていたので、ギリギリまで攻めた小説を読んでも、額面通り受け取れなかったのかもしれない。

 今読み直すと、無理をした感じの文体も20年の時を超え生きるし、男からみた女性の描写のまっすぐさには感銘を受ける。

 

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